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東京地方裁判所 昭和32年(レ)314号 判決

控訴人 中央医療信用組合

被控訴人 斎藤孝一郎

主文

原判決を取り消す。

本件を東京簡易裁判所に差し戻す。

事実

第一当事者の申立及び主張

控訴代理人は、「原判決を取り消す。東京簡易裁判所が、同庁昭和三十一年(ト)第七一号不動産仮処分申請事件について、昭和三十二年三月十二日した仮処分決定は、取り消す。被控訴人の本件仮処分申請は、却下する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴は、棄却する」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において、本件の本案訴訟は賃借権確認及び占有保持の訴(予備的に占有回収の訴)であると釈明したほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

第二疏明関係

(被控訴人の疏明等)

被控訴代理人は、甲第一、二号証、第三号証の一、二及び第四号証を提出し、甲第五号証は、その記載の日撮影にかかる本件現場の写真であると述べ、原審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第一号証が控訴人主張のような写真であることは認めると述べた。

(控訴人の疏明等)

控訴代理人は、乙第一号証を提出し、同号証は、その記載の日撮影にかかる本件現場の写真であると述べ、原審における証人大倉慶郎、同徳永玄次及び同与儀盛幸の各証言を援用し、甲第四号証の成立及び甲第五号証が被控訴人主張のような写真であることは認める。甲第一号証中確定日付の部分の成立は認めるが、同号証のその余の部分及びその余の甲号各証の成立は、いずれも知らないと述べた。

理由

第一本件において、被控訴人は、東京簡易裁判所に対し、「債権者(被控訴人)の別紙目録記載の室(以下本件室という。)に対する占有を解いて債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は、現状を変更しないことを条件として債権者にその使用を許さなければならない。但し、この場合においては、執行吏は、その保管に係ることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。」旨の仮処分決定を求め(同庁昭和三十一年(ト)第七一号事件)、その理由として、被控訴人は控訴人との間の賃貸借契約に基き本件室を占有使用してきたが、控訴人は被控訴人の本件室の占有を侵奪し、または、被控訴人の占有使用を妨害している旨主張したところ、同裁判所は昭和三十二年三月十二日、被控訴人の申請を容認して、右申立に添ういわゆる断行の仮処分を命じたこと及び控訴人がこれに対し異議を申し立て、その理由として、まず、被控訴人主張のような賃貸借契約の存在を争い、仮定的に、被控訴人主張のような賃貸借契約があつたとしても、該契約は、昭和三十二年二月一日、合意解除された旨主張したところ、原審は、その判決において、「右合意解除の事実の存否は、本案訴訟において確定すべき事項であり、仮処分異議の段階において審判する必要はない」旨判示したことは、本件記録に徴し明白である。

しかしながら、仮処分異議の訴訟は、該仮処分決定に不服ある債務者の申立に基き判決手続をもつて債権者の申請が理由があるかどうかを再審査する手続であり、したがつて、この訴訟においては、債権者の申請を理由あらしめる事実(本案訴訟における請求の原因たる事実に当る。)の存否は、もち論、申請の理由を消滅させるような債務者の主張事実(本案訴訟における抗弁事実に当る。)の存否についても、十分の審理をつくし、結局債権者の申請が理由があるかどうかを判定すべきであり、その限りにおいては本案の訴訟手続と何ら選ぶところなく、ただ、その手続が、保全訴訟の性格に鑑み、迅速でなければならず、また、その証拠は疏明に限る等の差異があるにすぎないしたがつて、本件においては、原審は、証拠に基き債権者(被控訴人)が申請を理由あらしめる事実として主張した賃貸借契約の存在を一応認定した以上、その契約の消滅―したがつて、賃借権の不存在―を招来する債務者(控訴人)の合意解除の主張についても審理をとげ、明確な判定を示すべきは原審として、まさに果すべき当然の責務であり、事ここにいでず、たやすく、前示合意解除の主張の当否は、仮処分異議訴訟において審判すべき限りでないとしたのは、仮処分異議訴訟の前記の性格について十分の理解がないか、または、大きい誤解によるものというほかはないが、そのいずれの場合であるにかかわりなく、原判決はこの点においては、当事者の主張した事実に対する判断を遺脱して判決をした違法があるものというべく、その全部について取消を免れないものである。

第二なお、原判決が認可した原審仮処分決定においては、本件室に対する債権者の占有を解くとともに、その保管を命ぜられた執行吏をして現状不変更を条件として債権者にその使用を許すべきことを命じているが、その前段すなわち、債権者の占有を解くことを命ずる部分は、理論上及び実際上、大きい疑問なしとしない。けだし、保全処分による権利の実質的保護は、その権利が権利者に保有されている状態を守ることにあり、その権利(本件においては占有)が侵害の危険にさらされているならば、仮処分命令は、その危険の排除に向つてされるべきであり、権利者の保有する権利を、一時的にもせよ、執行吏によつて奪うことは、正当な権利または権利状態の保護といえないばかりでなく、この種仮処分命令は、本案判決においてさえできないことを命じているとの理論的非難を免れないからである。(保全処分において、本案判決を超える内容の裁判はできないことは、いま多くの説明を要しない事柄であろう。)したがつて、本件においては、本件室に対する債権者(被控訴人)の占有が是認されるならば、その占有に対する妨害禁止を債務者(控訴人)に命ずべく、それを超えて、債権者の占有を解くことは、理由もなければ、必要もないことといわざるをえない。

第三また原審判決は、その主文において、「本件異議申立を棄却する」旨宜言しているが、すでに前説示のとおり、仮処分異議訴訟は、異議申立があるときは、口頭弁論手続において申請の当否について再審査ずる手続であり、申請が理由があるとき、すなわち、被保全権利及び保全の必要性がともに肯認されるときは、さきにした仮処分決定と同一内容の保全命令を発することに代えて、これを認可することとするにすぎず、異議の申立は、ただ、さきの仮処分決定に対する不服の意思の表示であり、異議申立書は、独立の申請書ではなく準備書面の性格をもつにすぎないのであるから、審理の結果申請が理由があると認められた場合には被控訴代理人が原審口頭弁論期日において求めているように、終局判決で、「さきにした決定の認可」を宣すべきであり、異議申立棄却の裁判をすることは、無意味であるというよりは、むしろ、許さるべきではないというべきである(この事理は、単に形式的に民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十五条第二項前段の規定から、うかがえるというにとどまらず、実質的にも、たとえば本件とは逆に、異議訴訟の審理の結果、申請が理由がないこととなつた場合、したがつて、いわば、異議が理由がある結果になつた場合に、異議の申立に対する裁判をどうすべきかの困惑すべき事態に立ち入るべきことを考えるならばけだし思い半ばにすぎるものがあろう。)。

第四これを要するに、原判決は、以上いずれの点からも取消を免れ難いのであるが、とくに第一の点については、さらに、原審において証拠調をしたうえ、控訴人の前示主張事実について判断をするのが相当であり、したがつて、原審をしてなお弁論をさせるのが相当であると認められるので、当審において自判することが、当事者に二審級のうち、その半分の審級の利益を失わせる結果になることをも考慮のうえ、原判決を破棄して、本件を原害に差し戻すこととし、民事訴訟法第三百八十六条、第三百八十九条第一項の規定に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 蕪山巖 橋本攻)

物件目録

東京都目黒区中根町二百八十三番地の一

家屋番号同町二八三番二

木造ラスモルタル塗スレート葺二階建病院一棟

建坪七十五坪二階七十四坪八合三勺

のうち玄関突き当りの一室坪数三坪八合二勺

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